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Channel: Club SKRAM ~もはねの小部屋~
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事業者名:鯱バス(愛知)

仕様・用途:観光貸切仕様

愛称:利家

登録番号:名古屋200 か 2808

社番:SS A-320号車

シャシーメーカー:日野自動車

エンジン型式:日野E13C型

ボディ架装:ジェイ・バス小松

車両型式:PKG-RU1ESAA

車名:日野セレガHD

撮影日:2014年7月19日(土曜日)

撮影場所:晴海埠頭

ここんところ、晴海でよく鯱バスを見かけます。パット見はJRバスにも見えなくもないのですが、間近で見ると、やっぱり色彩が違いますね。
今でこそ、 「鯱バス」 という事業者名になっていますが、私は今だに 「東急鯱バス」というイメージが強いですね。それもそのはずで、東急グループから離脱して独立したのが今から5年前のことなので、それも無理からぬ事かと。

鯱バスのルーツは名古屋のパチンコ屋で、その創業者が1953年にタクシー事業と観光バス事業を運営する中部観光自動車として発足したのが最初。その後、東京に進出して赤坂にキャバレーをオープンさせますが、キャバレーの方は1964年に破綻。この破綻劇が中部観光にも飛び火し、経営が行き詰まりの様相を呈したのですが、折りしも名古屋進出を目論んでいた東急に買収されて 「東急鯱バス」 となりました。これが1965年のこと。
以後、東急グループにおける名古屋での中心的企業として事業を展開することになるのですが、2009年に東急グループから離脱し、新たにジェイ・ウィル・パートナーズの傘下になりました。いわゆる 「ジェイ・コーチ」 グループに入ったのです。これは大きな誤算でしたね。バズ事業についてはド素人の投資ファンド会社に経営を委ねたところで、明るい未来など待っているわけがないのに、きっと、札束で顔をピタピタされたのかなって思ったりします。逆に東急グループに残存していれば、明るい未来が待っていたかもしれないなって。あくまでも “仮定” ですけど。

かつての東急鯱バスはさすが名古屋、さすが東急系とあって、導入車種はほぼ100%三菱ふそうでしたが、最近は日野も導入されています。これは他の名古屋地区のバス事業者とて同じことで、あの名鉄グループも積極的に日野を導入していますしね。想像しますに、日野はトヨタグループですので、地産地消じゃありませんが、愛知県一の大企業から何らかの圧力がかかったのかなと、ついつい勘ぐってしまいます。

さて、データ上にある 「SS A-320」 という数字なんですが、これは社番じゃないんですってね。そして “愛称” として計上した 「利家」 が実は社番なんだとか。紛らわしい・・・。確かに番号よりも名前の方が利用者は判りやすいのかなって思ったりもしますけど、じゃあ、この 「SS A-320」 って何やねん? ということになります。因みに 「SS A-320」 って、もう1台あります (MS8エアロバス) 。
社番には戦国時代ゆかりの人物が採用されていて、これは 「太閤記」 から採ったもの。 「利家」 の他に 「信長」 「秀吉」 「家康」 などがあります。そしてフラッグシップ車には 「太閤」 「淀君」 の名を与えられていましたが、 「太閤」 は現段階では欠車扱いとなっています。


【参考文献】
ウィキペディア

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