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Channel: Club SKRAM ~もはねの小部屋~
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「幸せな気分になれなかった」 銀座線のレア車両

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東京の空って高かったんですねぇ~。
いつ頃撮影されたものかは定かではないのですが、普通に50年近くは経っていると思われます。
説明するまでもなく、ここは渋谷駅。画像奥が世田谷区方向になりますけど、渋谷駅の奥には当時、渋谷検車区と渋谷工場という現業機関がありました。東京高速鉄道 (1938-1941) が渋谷-青山6丁目 (現、表参道) 間を開通させた時に開設したもので、営団地下鉄設立後も銀座線のメンテナンスを手がけていました。因みに東京地下鉄道 (1927ー1941) の車両基地と車両工場は上野にありまして、現在では銀座線の全車両が上野検車区に配属となっています。

銀座線の車両が増えて手狭になったことから、工場機能を丸ノ内線の中野工場に集約する形で1964年に上野工場と渋谷工場は廃止されました。また、工場での大規模検査以外の検査・検修機能は上野に一本化されまして、渋谷検車区は車両の留置のみという機能に落ち着きました。2000年に組織変更によって上野検車区渋谷分室と機関名を変更しましたが、その翌年に廃止されています。

その旧渋谷検車区から入線するのは1900形と呼ばれる車両。2000形とよく似ていますが、2000形が片運転台なのに対し、1900形は両運転台。即ち、この1900形が銀座線最後の両運転台車両ということになります。また、銀座線車両初のカルダン駆動 (WN駆動) を採用した車両で、銀座線近代化の礎になった車両としても、その歴史に名を残しています。
カルダン駆動方式ということで試作的意味合いが強かったのか、わずか2両のみの製造で、2000形は実質的な1900形の量産車と言えます。

画像をよく見ると、2両しかいないのに、番号が「1927」となっています。誤記で決して27両製造されたわけではなく、この1927がトップナンバーになります。東京メトロというよりも、営団地下鉄フリークの方ならお判りかと思いますが、当時の営団車両は東京地下鉄道時代からの慣わしで、新型車両が登場しても在来車からの続き番号で車号が振られています。いの一番は勿論、1000形 (初代) なんですが、1000形は21両製造されましたので、ラストナンバーは1021になりますが、次に登場した1100形 (1932年) のトップナンバーは1101ではなくて1122になります。以下、1200形 (1231~1254) 、1300形 (1355~1369) 、1400形 (1470~1471) 、初代1500形 (1572~1574) ・・・と連綿と番号が振られていくわけですが、1500形の次に登場した1600形で1689まで来たことから、次世代車両は00、あるいは01となり、どっちがトップナンバーだか判らなくなる懸念から一旦整理して、1600形の次に登場した1700形は1701からの付番になりました。また、旧形車両の置き換えで登場した二代目1500形 (1500N形) は1501からの付番になりますが、幸いにも初代1500形との重複はありませんでした。なお、100形は元を正せば東京高速鉄道の車両で、東京地下鉄道との車両とは異なるため、付番は101~からになります。
この方式は丸ノ内線でも採用され、初代車両の300形は301からの付番ですが、次に登場した400形は431がトップナンバーになります。

2000形が本格的に量産された後も、1900形は2000形に混じって先頭に立ち、1700形や1800形が次々と中間封じ込めになる中で、1900形は唯一の2000形以外の先頭車両ということでコアなマニアから注目を集めていました。しかし、この1900形が先頭に立つ編成は1編成しかないため (両端に1900形を組み込んだため) 、お目にかかる確率は極めて低く、現在のJR新幹線 「ドクターイエロー」 や、京急の 「ハッピーイエロートレイン」 を見るよりも難しかったかもしれません。
初電から終電まで1日へばりついていれば、いつかは見られたかもしれませんが、当然、車庫で寝ている時もあるかもしれませんし、工場に検査入場しているかもしれません。だから余計に確立が低くなるのです。見られた方はホントにラッキーでした。銀座線も黄色 (実際はオレンジ) を採用していますが、 「1900形を見ると、幸せな気分になる」 という都市伝説は生まれませんでした。

1900形は、シルバーシート採用の関係から、1985年頃に中間に組み込まれるようになりましたが、01系の量産によって、1987年に廃車になりました。

冒頭、 「いつ撮られたものかは不明」 とお伝えしましたが、おそらくですけど、4両編成の後ろ2両にウィンドウシルが見えますので、1200形か1300形ではないかと思われます (通風器の設置場所なんかから、1000形や1100形の可能性も有り) 。もし、1200形か1300形かであれば、同形の中間車化は1964年以降になりますし、銀座線が6両化されたのは1966年以降ですから (1960年から朝の一部列車で6両が存在) 、その事から判断してやはり1964年以前の撮影になるのではないかと思われます。

銀座線を利用している皆さんならお判りかと思いますが、渋谷に到着した列車は、折り返しのために一旦、旧渋谷検車区まで引き上げて、折り返して浅草方面行きになりますが、二度目の再開発 (最初の再開発は現在の渋谷マークシティを中心としたエリアで2000年に完成) で渋谷駅も大きく様変わりすることになりますけど、完成後はどのような折り返し方をするのでしょうか・・・?

【画像提供】
ウ様
【参考文献・引用】
営団地下鉄車両写真集 (交通新聞社 刊)
ウィキペディア (東京メトロ銀座線、営団地下鉄上野検車区、同渋谷分室、営団地下鉄2000形など)



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