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Channel: Club SKRAM ~もはねの小部屋~
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JNR LEGEND (612)

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DD51の若番機 (10号機) が牽引する貨物列車です。
背後に高架橋が見えますが、貨物列車は大阪の北方貨物線の宮原操車場を通過している絵面になります。宮原といえば、ついこないだもこのコーナーで取り上げましたが、宮原機関区や宮原電車区、そして宮原客車区といった現業機関を総称して宮原操車場と呼ぶこともあったりします。至近に吹田操車場がありますから、ハンプやカーリターダーを有した本格的な貨物操車場があるというわけではありません。
画像をご覧いただいてもお判りのように、牽引される側はク5000形車運車ですが、大阪ということで、もしかしたら積載されてる車はダイハツの車かもしれませんね。

北方貨物線を始めとして、大阪近郊の貨物線は電化されている路線も多数ありながら、短距離の貨物列車には基本的にDD51が充てられていたようです。他にもDD13やDE10も牽引していたとは思いますが、城東貨物線の放出以南 (放出-竜華操・百済間) が非電化だった関係なのかもしれませんね。また、当時非電化だった福知山線の絡みもあって、大阪にはDD51が多く生息していたということになりましょうか。

大阪近郊では、吹田第一機関区と福知山機関区がDD51の塒としては双璧になろうかと思います。このうち、画像の10号機は吹田第一機関区の所属で、東日本の東新潟機関区とともに、初期型のDD51が多く配置されていたことでも知られています。登場当初は東北地方や中国地方でも見られた初期型ですが、晩年は東新潟と吹田第一に集められました。
昭和56年現在の運用範囲を見てみると、吹田第一機関区配置のDD51は、宮操経由で福知山線の篠山口まで、梅田貨物線経由で桜島や福島、城東貨物線経由で竜華操車場と百済、そして浪速貨物までが守備範囲でした。

当時の福知山線は宝塚までは電化されていましたが、宝塚以北はまだ非電化だったため、気動車列車の他に客車列車も運用されていましたが、客レに関しては福知山配置機が主に牽引を担当していたと思われます。ただ、吹田第一配置機も時折、牽引していたそうですが、その際は篠山口までということなんでしょうね。

浪速貨物駅というのは、大阪市港区福崎付近にあった貨物駅で、枝分かれしていた大阪港臨港線や大阪東港への臨港線が廃止される中、民営化後もJR貨物の路線として平成18年まで駅としては残存していました。今も大阪環状線の弁天町-大正間で外回りの線路が一段高くなりますけど、あれが浪速貨物駅への分岐部分 (境川信号場) の痕跡で、環状線の外回り線はオーバークロスして貨物線を通していました。なお、梅田経由で浪速貨物駅への乗り入れは出来ないため、前述のように城東貨物線経由で一旦、竜華操もしくは百済に入って、天王寺経由で浪速に向かっていました。ですから、天王寺-大正間でも貨物列車が見られたということになります。

それから、福島駅までというのが意外なんですけど、梅田貨物線の路線上の終点は福島。今では全く痕跡が見当たりませんが、福島でこの先の野田駅から延びていた大阪市場線への貨物列車の牽引をDD13とかに受け渡していたのでしょうか? だったら、梅田で受け渡しても良いのでは? と思ったりします。なお、竜華や百済を中心とした城東貨物線には、吹田第一配置機の他に、亀山機関区配置機も乗り入れていました。さらに山陰本線の列車を牽引して米子機関区の配置機も来阪します。つまり、吹田第一、福知山、亀山、そして米子の配置機が大阪で見られたことになります。東京だと佐倉と高崎第一配置機しか見られないから、DD51マニアにしてみれば、大阪はパラダイスだったかもしれませんね。特に米子や福知山配置機は寒冷地仕様 (B寒地仕様) 機が来ますので、車種のバラエティも楽しめますしね。

吹田第一機関区は、昭和59年に組織統合で吹田機関区に改称された後、民営化に際してはJR貨物の管轄になりましたが、DD51は初期型こそ消滅していたものの、7両が配置されていました。その後、吹田の配置は無くなりましたが、JR西日本の管轄である網干総合車両所宮原支所に5両のDD51が配置されています。ですから、まだ大阪とDD51の関係は切れていないことになりますか。そういえば、こないだの関西外遊でも 「サンライズ」 を待っている時に大阪駅に来ましたもんね。その時は、デジカメのデータを消失して意気消沈していたから、撮る気も起こらなかったけど。

私は残念ながら、この初期型は見たことがありません。それこそ、越中島貨物線にも入線する佐倉機関区配置機は1800番代を含む中後期型が殆どでしたので、初期型を見る機会は無かったです。1号機は横川 (碓氷峠鉄道文化むら) で見ましたけど、さすがに現役時代はありません。
スノープラウが無い上に、ナンバープレート部分の塗り分けが後期型と異なっているため、 「オレは力持ちだ」 感が全く伝わってこない初期型のDD51。今の仕様のDD51しか見たことがないお子ちゃま鉄道ファンにしてみれば、ある意味でこの塗り分けは新鮮なんじゃないですか。

【画像提供】
岩堀春男先生
【参考文献・引用】
鉄道ピクトリアル No.572、714、808 (いずれも電気車研究会社 刊)
鉄道ファン No.245 (交友社 刊)
街の達人 京阪神便利情報地図 (昭文社 刊)
ウィキペディア (国鉄DD51形ディーゼル機関車、吹田機関区、宮原総合車両所、福島駅、おおさか東線など)






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