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Channel: Club SKRAM ~もはねの小部屋~
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ショパンの 「葬送」 に纏わる思い出 の巻

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8月22日 (水曜日) 晴れ

残暑が厳しかったですね。諄いほど申し上げているように 「暑い夏」 は大好きなんですけど、立秋を過ぎたら、お盆を過ぎたら、さすがに 「もういいよ」 という気がします。台風もさっさと行ってくれという感じでしょ。

さっき、 「You Tube」 で、ショパンが作曲した 「葬送行進曲」 を観て (聴いて) いました。世間的には 「葬送行進曲」 というふうに浸透しているようですが、一応、正式タイトル (?) は、 「ピアノソナタ第2番変ロ短調作品35 「葬送」 」 と言うそうですが、やっぱり 「葬送行進曲」 の方がしっくりくるのは現代人の証しなんでしょうか。でも、あの曲調では誰も行進はしないと思います。

それで思い出したのですが (ある 「You Tube」 の投稿作品にも同様の内容のコメントをしました) 、私にとってショパンの 「葬送」 は、お笑いでしかないんですね。不謹慎ですけど。
あれは今から36年前、つまり西暦1982年 (昭和57年) のことです。
私は中学1年でした。
小学校時代の恩師が亡くなったという訃報を聞き (何でも、出産時の死らしい。胎児は無事だったが、母体はダメだったということでしょうか) 、母親に連れられてお通夜に参列することになりました。
この先生は、色々ありましたけど、結構美人の先生で、芸能人に例えると竹下景子似の先生で (あくまでも 「個人の感想です」 的範囲) 、弱冠9歳ながら、私好みのタイプでした。
だからというわけではないんですが、連れて行かれたのかもしれません。

そしてお焼香を手向ける際、何を気を利かせたのか、ショパンの 「葬送」 が流れたんですね。それで私は大マジな通お夜であるにもかかわらず、不謹慎にも吹き出しそうになりました。私にとってショパンの 「葬送」 は、 「笑い」 以外の何者でもなかったからです。
おそらく、各バラエティ番組とかで使われていたせいもあるんでしょうし、当時のゲーム機でも、ゲームオーバーの際に、ショパンの 「葬送」 をデフォルメしたBGMが流れていましたが、あれを連想したのだと思います。それで思わず 「プッ!」 となりそうになったのです。堪えるのに必死でした。結局、幸か不幸か 「ギャハハ・・」 にはならなかったのが不幸中の幸いでしたが、ホントに 「笑いの堪忍袋の緒」 が切れたら、大顰蹙は避けられなかったと思います。36年経った今でも、最悪の事態 (つまり、笑ってしまうこと) になった時のことを考えると、別の意味でゾッとします。

ちあき先生、どうもすいません。

イメージ 1

ショパンの 「葬送」 とは何の縁もゆかりもありませんが、今日、上野の近くで見かけた 「カシオペア」 。
牽引機はEF65PFでしたが、 「北斗星」 や 「トワイライトエクスプレス」 などとともに、一度は乗っておきたかったですね。


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